東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2958号 判決 1973年10月30日
控訴人 多田利夫
右訴訟代理人弁護士 盧原常一
被控訴人 高木郁夫
右訴訟代理人弁護士 根本孔衛
同 篠原義仁
同 杉井厳一
同 児嶋初子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は次のとおりである。
一、被控訴人の請求原因
1 被控訴人は次の交通事故により傷害を受けた。
(一)発生日時 昭和四五年六月二四日午後九時二〇分頃
(二)発生場所 川崎市小田三丁目一三番一三号先交差点
(三)加害車 訴外杉田光一運転の小型トラック
(四)事故態様 被控訴人は、オートバイを運転し、前記交差点にさしかかったところ、被控訴人進行道路右側より右交差点へ進入して来た加害車に自車右側部を接触され転倒せしめられた。
(五)被害状況 被控訴人は本件事故のため外傷性頸部症候群、右肘、左膝部挫傷の傷害を受け、昭和四五年六月二四日から同年七月二七日まで入院し、同年七月二八日から昭和四六年六月一四日まで通院加療を要した。
2 責任原因
控訴人は自己のため加害車を運行の用に供しているのであるが、その運行によって本件事故を招来し、被控訴人に対し傷害を負わせたものである。
3 損害
(一) 休業損害
被控訴人は訴外川崎鶴見臨港バス株式会社に勤務しているものであるが、本件事故当時月平均収入は金六万八〇三一円であった。しかして被控訴人は本件事故により昭和四五年六月二四日から同四五年一二月五日まで右勤務先を欠勤した。したがって右欠勤期間中の休業損害は金三六万二八三二円である。
また被控訴人は、前記会社の規則により本件事故の結果有給休暇が六日間無効となり金一万〇八九六円相当が支払われなくなった。
さらに、被控訴人は本件事故により前記会社の臨時給算定規則により昭和四五年度分につき金四万二六〇六円、昭和四六年度分について金四七四七円を減額された。
よって、被控訴人の右損害合計は金四二万一〇八一円となる。
(二) 付添費
被控訴人の本件事故に伴い同人の妻政子が病院の指示により付添看護した。しかして右政子は一ヵ月金一万六八〇〇円の割合による内職に従事していたので、右二ヵ月分の付添費は金三万二六〇〇円である。
(三) 入院中雑費
被控訴人は前記入院期間中一日三〇〇円の割合による雑費を支出した。その合計は金一万〇二〇〇円となる。
(四) 診断書費用
被控訴人は強制保険手続、訴訟用のため診断書の発行を受けたが、右費用合計は金五四〇〇円である。
(五) 物損
被控訴人は本件事故により同人の腕時計を破損したが右修理費用は金三〇〇〇円相当である。
(六) 慰藉料
被控訴人は本件事故による受傷治療のため入通院を余儀なくされたが、その精神的苦痛を慰藉するためには金六五万円が相当である。
(七) 損害の填補
被控訴人の治療費三二万六六八〇円は強制保険より支払われているので請求しない。さらに被控訴人は強制保険より金一七万三三二〇円および控訴人より金一六万五九七〇円の支払いを受けているので右合計金三三万九二九〇円を本件損害額から控除する。
(八) 弁護士費用
被控訴人は弁護士である本件訴訟代理人に本件訴訟追行を委任し金八万円の費用を支払うことを約した。
4 よって被控訴人は控訴人に対し前記損害額金八六万三九九一円およびこれに対する本件事故の日である昭和四五年六月二四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、控訴人の答弁および主張
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
訴外杉田光一は控訴人の使用人であり、本件加害車(小型トラック)は控訴人の所有である。控訴人は事故当日の夕刻本件トラックを杉田方に預け置き、鍵を同人の妻に預けておいたところ、右杉田が控訴人に無断で勤務時間外に右トラックを自己のために盗用したものである。従って控訴人には運行供用者としての責任はない。
3 同3のうち(七)の事実は認めるが、その余の事実は不知である。
4 控訴人は、被控訴人の治療費として一六万五九七〇円を病院に立替払したところ、その後強制保険金五〇万円が病院に支払われたので、右立替金は控訴人に返還される筈であった。しかるところ昭和四六年五月一〇日頃被控訴人代理人篠原弁護士より控訴人に対し右一六万五九七〇円を被控訴人が受取ること(これにより控訴人から被控訴人に右金額が支払われたことになる。)を承知してくれれば、その他の損害は請求しないとの申入があり、控訴人はこれを応諾し、その旨の示談が成立した。
立証≪省略≫
理由
一、請求原因1の(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。
二、次に控訴人の帰責事由について判断する。
本件事故の加害車(小型トラック)が控訴人の所有であること、右加害車を運転していた杉田光一が控訴人に雇われていた者であることは、控訴人の自認するところである。控訴人は、本件事故当日夕刻右トラックを杉田方に預け、その鍵を同人の妻に預けておいたところ、杉田が無断で右トラックを自己のために使用し、本件事故を惹起したものであると主張し、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者としての責任を否定するのであるが、仮に控訴人主張の事実が認められるとしても、控訴人と杉田との間に存した前記雇傭関係ならびに右自動車を杉田方に保管を依託していた等の関係を考慮すれば、たとえ本件事故を生じた運行行為が具体的には杉田の私用のための無断運転によるものであったとしても、外形的には右自動車所有者たる控訴人のためにする運行と認めるのが相当であり、控訴人は前記法条による運行供用者としての賠償責任を免れない。
三、そこで本件事故によって被控訴人に生じた損害について判断する。
(一) 休業損害
≪証拠省略≫によれば、被控訴人は川崎鶴見臨港バス株式会社に自動車運転手として勤務し、平均月収六万八〇三一円を得ていたこと、同人は本件事故により昭和四五年六月二五日から同年一二月五日まで欠勤したこと、従ってこの間の休業による損害は三六万二八三二円であること、被控訴人は右欠勤のため、前記会社の規則により、有給休暇六日間無効となり一万〇八九六円の支払を受けられなくなり、また臨時給が昭和四五年度分四万二六〇六円、昭和四六年度分四七四七円それぞれ減額されたことが認められ、右損害合計は四二万一〇八一円となる。
(二) 付添費
≪証拠省略≫によれば、本件事故に伴い被控訴人の妻政子が昭和四五年六月二四日から同年七月二七日まで被控訴人に付添看護したこと、当時政子はパートタイムの内職に従事し月収一万六八〇〇円を得ていたことが認められるが、被控訴人の受傷の部位程度からみて右期間中の付添費は右一ヵ月分相当の一万六八〇〇円を認めれば足りる。
(三) 入院中雑費
被控訴人の入院中に要した雑費は一日三〇〇円程度を相当と認めるところ、入院日数三四日間で一万〇二〇〇円となる。
(四) 診断書費用
≪証拠省略≫によれば、被控訴人が強制保険手続等のため必要とした診断書発行のための費用は合計五四〇〇円と認められる。
(五) 慰藉料
被控訴人は本件事故による受傷治療のため三五日間入院し、その後約一一ヵ月通院したものであり、この間の精神的苦痛を慰藉するためには三五万円が相当である。
(六) 損害の填補
被控訴人が本件事故につき強制保険より一七万三三二〇円および控訴人から一六万五九七〇円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。
(七) 以上によれば、被控訴人の損害は総損害額八〇万三四八一円から填補額三三万九二九〇円を控除した四六万四一九一円となる。なお、被控訴人の主張する腕時計の破損による損害は物的損害であるから自動車損害賠償保険法三条の適用はなく、控訴人について他に責任原因の主張がないから、控訴人にその賠償責任を認めることはできない。
(八) 弁護士費用
被控訴人が本訴追行のために要する弁護士費用のうち控訴人に請求しうる額は、事案の性質その他の事情を考慮し、五万円を相当と認める。
四、次に控訴人は、昭和四六年五月一〇日頃被控訴人代理人篠原弁護士との間で控訴人が被控訴人に一六万五九七〇円を支払うことによりその余の損害賠償請求をしない旨の示談が成立したと主張し、当審証人多田静子の証言中にそのような趣旨の供述があるが明確を欠き、同証言のみによっては右主張事実を認めるに足らず、他にこれを認むべき証拠はない。よって控訴人の右抗弁は採用しない。
五、以上説示したところによれば、控訴人は被控訴人に対し五一万四一九一円とこれに対する本件事故の日である昭和四五年六月二四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、右の限度で被控訴人の請求を認容した原判決は相当である。
よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 渡辺忠之 小池二八)